「就職留年をしたあなたへ」
「就職留年をしたあなたへ」 http://rionaoki.net/2010/02/3286
日本経済が突然不況に襲われる中で、思うような就職活動ができなかったり、「内定切り」にあったりして「就職留年」をする方がずいぶんいると聞きました。アメリカ在住の私がそんな方々に宛ててメッセージを書くというのは、奇妙に感じられるとも思いますが、アメリカからでないと見えない視点があって、それが皆さんに役立つのではないかと思い、書かせていただくことにしました。今、先の見えない暗いムードが社会を覆っていますが、何はともあれ皆さんのような人々が前向きのパワーを出していくことが、社会を前へ進めることになるという思いが底にはあります。
まず、アメリカのお話をしましょう。というのは、皆さんのような若者は、アメリカでは当たり前だからです。大学に4年間通って必要な単位を獲得したが、とりあえずフルタイムの職にすぐには就けなかった。これはアメリカでは普通です。むしろ、大学の4年間に引き続いて切れ目なく就職できた、しかもそれがフルタイムだという人はアメリカでは非常にまれなのです。
まずアメリカには、「新卒一括採用」というものはありません。大卒の未経験者を想定した「入門編」というべき「初級職(エントリーレベル)」というものはありますが、それも大学を出てすぐに勤め始めるというケースはあまりないのです。新卒一括採用のないアメリカでは、大学を卒業した人はどうやってキャリアを築いていくのかというと、一般的に4つの「入り口」があります。それは(1)フルタイムの就職をする、(2)パートタイムの仕事をする、(3)無給のインターンをする、(4)大学院へ行って修士以上の学位を取る、この4つです。例えば、金融などの企業に就職して将来的にはエグゼクティブになりたいという人の場合はどうでしょう。日本では、(1)が絶対で、就職留年の皆さんはあくまでこれを狙うために1年待つことになります。(2)や(3)、(4)のコースは金融の総合職になるためには当面必要とはされていないのです。
でも、アメリカの場合は違います。大学を卒業して(1)のフルタイムの仕事に就く人は非常に少数です。多くの人がまず(3)の無給インターンのポジション(これも大手の金融機関の場合はなかなか入り込むのが難しくなっています)を獲得して職場に入り、そこで能力をアピールして(1)や(2)の有給の仕事に就きます。そして、2~3年後には大学で勉強した内容、そして卒業後のインターン、実務経験など「履歴書(レジュメ)」の内容をアピールして、(4)のMBA(経営学修士号)コースの大学院に入るのが当面の目標になります。MBAのコースというのは、学期中は山のような文献やデータと格闘しながら最新の金融や経営の理論を学ぶ過酷な内容なのですが、有名な大学のMBA学位が取れれば初任給7万ドル(年俸約700万円)の管理職にいきなり引き抜かれる可能性があるのです。
このMBAは実は学費がたいへんに高いことで有名です。年間5万ドルを3年間などという気の遠くなる額になっている大学もあるのですが、では富裕層の子弟が特権を世襲するだけかというとそうではなくて、成績優秀者には奨学金や授業料の減免措置がありますし、ほとんどの学生は「自分名義のローン」を組むわけで、親がかりというのは少ないのです。この「投資」はたいへんなリスクですが、相当の確率でリターンがあるという判断から多くの若者がチャレンジをするようになっているのです。
日本の企業は自分たちの成功体験の伝承を重視するので、MBAの「最新理論という即戦力」を使いこなす会社はまだ少ないのが実情です。それはともかく、どうしてアメリカのMBAのお話をしたのかというと、企業の管理職を目指すアメリカの若者にとって、20代というのはリスクを取る不安定な時期であり、同時に激動する世界情勢を見ながら将来のキャリアを決定してゆくフレキシブルな時期でもあるということです。
日本の場合はまだ今年の時点では「終身雇用・新卒一括採用」という制度が生きているように見えます。ですが、20代にはリスクを取りながら激動する世界の動きを見定めて自分の方向性を決める、そんなグローバルな競争というのは日本にも及んでいるのです。多くの大企業が外国人や留学生を新卒枠で採ろうとしていますし、数年間の総合職の経験を踏み台にして、実際にアメリカやヨーロッパのMBAにチャレンジしようという日本人の若者も出てきています。
そんな中、みなさんと同世代の「今年就職できた新入社員」は一斉に入社式に臨んでいるようです。一部の調査によりますと、今年の新入社員は「恋人と飲むよりは上司との飲み会に積極的に参加したい」という意識を持っているそうです。不況の色が濃い中で、企業の中もギスギスした人間関係があるだろうし、将来への不安もある、そんな中で不本意であっても職場の人間関係の中での「安全」を確保したいという心理は一方的には非難できません。ですが、一年早く就職できたとしても、その一年が雑用と社内政治に費やされてしまう新入社員が多いとしたら、その一方で世界ではグローバルな人材の大競争が進んでいるとしたら、「就職留年」の皆さんにもその大競争を勝ち抜いてゆくチャンスは同じようにあるのだと思います。
今でもそうだと思いますが、大学受験でも現役生は理科社会では浪人生にかなわない、特に物理の難問、日本史や世界史の現代史の部分は一年余計に時間をかけた浪人生が有利というのです。就職もこれと似たようなもので、一年時間をかけただけ、激動の世界の中で悔いのない企業の選択、職種の選択は可能だと思うのです。
では、当面何を勉強したらよいのでしょう。私は最近『アメリカモデルの終焉』という本を書いて、その中で大学は職業訓練校になるべきで、「手に職をつけた」若者がそのスキルを評価されて就職するのが良い、という提案をしています。この部分は、一部の読者から「非現実的」であるとか「改革への道筋なき理想論はかえってマイナス」という批判を受けました。こうした批判に対して、私は自論を変えるつもりはありません。ですが今年改めて就職活動にチャレンジする皆さんの場合は、残念ながら「即戦力スキル」は期待されていないという事実は認めなくてはなりません。各企業は、今のところ社内での教育システムを持っており、それとは合わない可能性の強い「自己流実務スキル」よりは「基礎能力とやる気と人柄」を磨いて欲しいと思っているからです。
では、何をしていったらいいのか? まず、どうして皆さんは「留年」しなくてはいけないのかという問題を考えるということです。中には卒業単位を満たしていて、何もしなければ卒業していた方もいると思います。ですが、皆さんは留年を希望せざるを得ないし、大学の中には「温情措置として単位数を満たしていても留年を許可する」ケースもあるようです。その際に「授業料を減免して10万円にする」という大学もあると聞きました。考えてみれば、これは不自然なことです。
理由は簡単です。現在のところ、日本の大企業は、よほど人材観のハッキリしている会社は別として、一般的には「新卒」は採用しても「既卒」は採用しないからです。皆さんは良くご存知だと思いますが、これは「就活」を通じて一つの「オキテ」になっているようです。どうして「既卒」は採用上不利になるのでしょうか。それは年功序列の体系からはみ出す人間は、扱いに困るとか、年齢が逆転した中でのコミュニケーションが取りづらいという理由があるからです。
更に言えば、正規雇用を経験してきた「中途」は採用されても、非正規の経験しかない「既卒」には門戸が開かれない、そこには本当の意味でのスキルを評価するしくみを企業が持っていないということがあります。そんな中で、正社員になりたい人は、「まっさらな色のついていない」新卒か、正規雇用を経験した中途に限る、そうすれば企業の方針に従ってくれると思っているということがあります。もっと言えば、長く非正規を経験した人は、企業と働く人の間で「利害が対立する」ということに気づいてしまう、そのことを企業が嫌うという言い方も可能でしょう。
よく考えれば、皆さんは日本経済が好況であれば採用されていたはずです。そうではなくて、内定をもらえなかった、あるいは内定を取り消されたというのは、ここで実際に企業の利害と、皆さんの利害が対立したということを意味します。皆さんはここで赤旗を振ってデモをしたり、裁判に訴えたりはせず、淡々と翌年のチャンスに賭けようとしている、それは何も間違ってはいません。ただ、「ワークライフバランス」という言葉があるように、企業と個人の利害は対立するのです。そこでどちらかを悪者にはせず、お互いに全体として可能な、そして人間の常識には反しない合意点を見つけること、これが重要です。
どうして「留年」しなくてはならないのか、この問題の根は深そうです。ですが、ケンカ腰で企業を批判するのでもなく、ただ全体の流れに流されるのでもなく「どうして自分は留年しなくてはならなかったのか」という問いを手がかりに、日本の企業の中での組織や、コミュニケーションのあり方などを見つめていくことは大事だと思います。特に、これから「じわじわ」と日本企業の終身雇用・年功序列という制度は崩壊のスピードを速めて行くと思うのです。そんな中、これからの5年、10年をどう生き抜いて行き、自分をその中でどう鍛えていくのか、いきなり就職してしまった友人達と比べて、皆さんには考える手がかりがある、そのことは大事にしていただきたいと思うのです。
もう一つ、皆さんに考えていただきたいのは、どうして皆さんが留年しなくてはならかったのかという理由の一つとしての世界不況についてです。サブプライムとは何か、どうしてアメリカ発の金融危機が世界に波及したのか、それが実体経済の足を引っ張ってしまったのは何故なのか、「100年に一度の危機」が皆さんを襲っていますが、どんなメカニズムによって、危機が発生してしまったのか、これは皆さんに是非、詳しく理解しておいてもらいたいと思います。この問題について考え抜いたことは、必ず将来企業の一員として様々な判断を下してゆく際に参考になると思うのです。
アメリカの金融危機、実体経済の不況は依然として厳しい状況です。ですが、企業存続の見通しのついた金融機関などは若手の採用に非常に力を入れています。中高年のリストラをして浮かせた予算を、有望な若手の「囲い込み」のために使っているのです。また危機への対応をする中で、厳しいコンプライアンスの問題など「修羅場」を経験することで、多くの若いビジネスパーソンが実務スキルを鍛えられています。今は大人しくしているアメリカの金融界ですが、少し状況が緩めばまた世界を「引っかき回しながら」積極的な活動を開始するに決まっています。
そうした動きに振り回されないためにも、また積極的に戦っていくためにも皆さんのような新世代が企業の意志決定のプロセスに関わって行くことは日本経済にとって重要なのです。とにかく、新年度に入った今、就職留年をした皆さんの今後が気になります。是非、就職活動で良い成果を収めてほしいと思います。そして、世界を舞台に活躍していっていただきたいと思うのです。そのためにも、どうして自分は留年せざるを得なかったのかという問いについて、ミクロとマクロの両面から自分なりに納得のゆく答えを持っていることが大切なのだと思います。健闘を祈ります。